会話が続かない人の共通点|「ある」の会話と「ない」の会話で考える

「あの人、どんな人?」と聞かれて、「まあ、悪い人じゃないんだけどね」と答えたこと、ありませんか。

僕はあります。というか、しょっちゅうやっています。

この答え方、その場では特に問題にならないんですよね。相手も「ふーん」と言って終わる。誰も傷つかないし、失礼でもない。

でも、よく考えると、この一言、何も言っていないんです。

「悪い人じゃない」と言われて、その人のことが少しでも分かるでしょうか。分からないですよね。背が高いのか低いのかも、よく喋るのか静かなのかも、何ひとつ伝わっていない。

今回は、この「何も言っていない会話」と、その反対側にある会話について書いていきます。

人と話していて、なんとなく会話が続かない。盛り上がらないまま終わる。そういう心当たりがある方には、けっこう使える話だと思います。

※この記事は上の動画の内容をもとに、文章用にまとめ直したものです。

「ある」の会話と、「ない」の会話

僕は、人の会話を2種類に分けて考えています。

言い方はすごく単純で、

  • あるものを言うのが「ある会話」
  • ないものを言うのが「ない会話」

これだけです。

「これがあるよ」と言っているのか、「これがないよ」と言っているのか。その違いだけを見ています。

言葉だけだと分かりにくいと思うので、例を4つ出します。この4つを見てもらえたら、だいたい伝わると思います。

例① 人の印象を聞かれたとき

ない会話「悪い人じゃないんだけどね」
ある会話「あの人、意地っ張りだよね」「声、でかいよね」

上は「悪い人ではない」と、ないことを言っています。下は「意地っ張りだ」「声が大きい」と、あることを言っています。

例② 映画の感想を聞かれたとき

ない会話「意外と、長くは感じなかったよ」
ある会話「中盤に出てきた馬が気になった」

ちなみに下の「馬」は、昔の僕の実際の感想です。(映画そのものの感想は、どこに行ったんでしょうか)

例③ 婚活のプロフィールで「どんな人がいいですか」と聞かれたとき

ない会話「不潔じゃない人がいいです」
ある会話「馬が好きな人がいいです」

また馬が出てきました。ある会話は、なぜか妙に具体的になります。

例④ 「俺のこと、どう思ってる?」と聞かれたとき

ない会話「分からない。まあ、嫌じゃないよ」
ある会話「言葉をたくさん知っていて、すごいと思う」

4つ並べてみると、ない会話がどういうものか、なんとなく見えてきたと思います。

これは僕の分け方なので、正解というわけではありません。ただ、この2つで見るようになってから、会話が続かない理由がけっこう説明できるようになりました。

「ない」は、説明になっていない

ない会話を並べて見ると、共通点があります。

何も言っていないんです。

「悪い人じゃない」。じゃあ、何なんだよ、という話です。
「意外と長くは感じなかった」。結局その映画はどうだったんだよ、という話です。
「不潔じゃない人がいい」。それ、ほとんどの人が当てはまりませんか。

もちろん、推測はできます。「悪い人じゃない」と言われたら、「じゃあ、いい人なのかな」と考えることはできる。でも、それはあくまで消去法での推測であって、はっきりしたものではないんですよね。

あるものを言わないと、説明にはならない。 これがない会話の正体だと思っています。

対してある会話は、「お互いが顔を出す」会話です。言った本人と、言われた対象の両方が、はっきり立ち上がってくる。

じゃあ、ある会話の方がいいのか。

そう言いたくなるところなんですが、実はそうでもありません。ここからが本題です。

ある会話が持っているもの ── 刺激

ある会話が持っているのは、ひとことで言うと刺激です。

「悪い人じゃないんだけどね」と言われても、特に何も起きません。でも「あの人、意地っ張りだよ」と言われたら、「お、なんかあったの?」となる。「中盤に出てきた馬が気になった」と言われたら、「え、馬?」となる。

この「え、馬?」が大事なんです。会話が返ってくるんですよね。

ない会話は、そこで終わってしまう。ある会話は、続く。

その場にいた人しか言えない

もうひとつ、ある会話の強さは経験が出ることです。

「意外と長くは感じなかった」という感想、実はその映画を観ていなくても言えます。 極端に言えば、上映時間を調べただけでも言える。

でも「中盤に出てきた馬が気になった」は、観ていないと絶対に言えません。その場にいた、ちゃんと体験した、ということが、言葉そのものに現れている。

五感で受け取ったものをそのまま言葉にする力については、こちらの記事でも詳しく書いています。

→ 外的感覚機能(Se)についての解説記事

言った本人が見える

そして、ある会話をすると、言った人がどんな人か分かります。

「この人、馬が気になるんだ」
「この人、言葉をたくさん知ってるところをすごいと思うんだ」

その人の見ているものが、そのまま出てくる。だから自分に興味を持ってもらいやすいし、自分の魅力も伝わりやすい。

逆にない会話ばかりだと、その人自身が見えません。 何を考えているのか、何が好きなのかが、いつまでも分からない。

ない会話が持っているもの ── 安全

ここまで読むと、「ない会話って、ただのごまかしじゃないか」と思われるかもしれません。

正直、そういう側面はあります。僕自身、完全に「ない」側の人間なので、自覚もあります。

でも、ない会話にしかできないことが、ちゃんとあるんです。

ひとことで言うと、ない会話が持っているのは安全です。刺激を与えない代わりに、安全を確保できる。

具体的には、3つあると思っています。

利点① グレーを表せる

これが一番大きいと思います。

「好きですか、嫌いですか」と聞かれたとき、「好き」と言えば100%好きなように聞こえるし、「嫌い」と言えば100%嫌いに聞こえます。

でも実際の気持ちって、たいていその間にありますよね。好きとまでは言えないけれど、嫌ってもいない。

その量を正確に表せる言葉が、「嫌いじゃない」なんです。

これ、「ある」で言い直そうとすると、必ず盛ることになります。無理に「好き」にすると嘘になるし、「嫌い」にしても嘘になる。

つまりない会話は、雑な言い方ではなく、グレーを正確に言うための言い方でもあるんです。

「まだ諦めてない」も「怒ってないよ」も同じです。あるもので言い換えようとすると、必ずどこかがズレる。

利点② 責任を負わなくていい

ある会話には、責任がついてきます。

「言葉をたくさん知ってて、すごいと思う」と言った以上、これからもそう思っていないといけない感じがしますよね。後から「やっぱりそうでもなかった」とは言いにくい。

言った瞬間に、過去にも未来にも縛られてしまう。

その点「嫌じゃないよ」なら、明日気持ちが変わっても、誰にも怒られません。

大阪のおばちゃんがよく言う「知らんけど」も、たぶんこれだと思っています。言い切ってしまった後で、ちょっと安全なところに戻っている。(おばちゃん、うまいです)

利点③ 相手に余白を渡せる

ある会話をすると、言わなかった部分が暗くなります。

たとえば「言葉をたくさん知っててすごいと思う」と言われたとき、嬉しい反面、こう思いませんか。

じゃあ、それ以外はすごいと思ってないのかな。

一箇所を照らすと、照らさなかったところが暗くなってしまうんですよね。褒めたつもりが、範囲を限定したことになってしまう。

その点「嫌じゃないよ」は、どこも照らさない代わりに、どこも暗くしません。 全部が保留のまま残る。「他にも何かあるのかもしれない」という余白が、相手の側に残るわけです。

だから、ない会話をよく使う人は、大人っぽく見えたり、なんとなく謎めいて見えたりもします。全部を開けっぴろげにしない感じが、余裕に見える。

逆に、ない会話が多すぎると「冷たい人」に見えることもあります。この見え方については、こちらの記事で別の角度から書いています。

→ 冷たい人とは何なのか|人の温度感を4つのタイプに分けて考える

ある会話には「外す危険」がある

ここまでで気づいた方もいると思いますが、ある会話には弱点もあります。

外すんです。

「中盤に出てきた馬が気になった」と言ったとき、相手が全然違うところを見ていたら、「え、馬……?」で止まってしまう。そこから先、相手は馬の話をしないといけなくなるんですよね。

会話の範囲を、こちらが勝手に狭めてしまっている。

それに、ある会話は少し変に見えます。「悪くなかったよ」と言う人は、無難で感じの良い大人に見える。でも「馬が良かった」と言う人は、ちょっと変な人に見える。

(この記事、さっきから馬の話しかしていませんね)

まっすぐ思ったことを言う人が、どう見られるかについては、こちらの記事も参考になるかもしれません。

→ 「ピュアだね」と言われる人の3タイプ

整理すると、こうなります

ない会話ある会話
持っているもの安全刺激
利点グレーを表せる
責任を負わない
相手に余白を渡せる
経験を出せる
刺激を作れる
言った本人が見える
弱点何も言っていない
取っ掛かりがない
外す
範囲を限定する
責任がついてくる
見え方大人・礼儀正しい・謎めいている面白い・でも少し変

どちらが優れているという話ではありません。できることと、できないことが違うだけだと思っています。

使い分けの基準は「どっちの番か」

じゃあ、どう使い分けるのか。

僕は「今、どっちの番か」で分かれると思っています。

自分が話す番 → ある会話

「あなたはどう思いました?」と聞かれているのは、あなたの中に何があるかを聞かれている場面です。

そこで「うーん、悪くないと思ったよ」と答えると、相手はどうしようもなくなります。聞いたのに、何も返ってきていないので。

自分の番では、あることを言う。これが基本です。

相手に話してもらう番 → ない会話

逆に、こちらが聞き役のとき、相手に話してほしいときは、ない会話が効きます。

たとえば、こう聞いたとします。

「俺は馬が気になった。あの馬のたてがみが最高にかっこよくて、マジで馬に乗りたいと思ったんだけど、君はどうだった?」

これ、聞かれた側は困ります。「僕、馬とか全然分からないです」で終わってしまう。範囲を狭めすぎているんですよね。

こう言い直すとどうでしょうか。

「僕は馬が気になったんだけど、まあ馬以外にもいろいろあったかもしれない。君はどうだった?」

最後に「ない」を一つ足しただけで、相手が何を言ってもいい状態になります。

ない会話は、相手に余白を渡す言い方でもあるので、聞く場面では強いんです。

処方箋 ── 偏っている人がやること

ここまで読んで、「自分はどっちかに偏っているな」と思った方へ。それぞれ、やることは1つだけです。

「ない会話」が多い人 → 足す

ない会話が多い自覚がある方(僕もこっちです)は、こうしてみてください。

「ない」で言った後に、自分に「じゃあ、何があるんだよ」と聞く。

「映画、悪くなかったよ」で止まりそうになったら、そこで一度自分に聞く。そして、

「悪くなかったよ。最後のエンディング曲は、すごく良いと思った」

と、あることを後ろに足す。これだけです。

全部を「ある」に変える必要はありません。一個足すだけで、会話は続きます。

「ある会話」が多い人 → 緩める

逆に、思ったことをはっきり言うタイプの方は、こうしてみてください。

言い切った後に、「まあ、分からないけど」を足す。

「あの人、意地っ張りだよね。……まあ、そう見えるだけかもしれないけど」

これだけで、相手が入ってこられる隙間ができます。言い切ったままだと、相手は同意するか反対するかしかできないので。

つまり、ある会話の後ろに、ない会話を一つ足しているわけですね。

やっていることは、どちらも同じです。偏っている方の反対側を、一つだけ混ぜる。それだけで、話せる相手の範囲がかなり広がると思います。

おわりに

会話が続かない理由って、たいてい「話題がない」ことだと思われています。

でも僕は、言い方がどちらかに偏っていることの方が大きいんじゃないかと思っています。

ずっと「ない」で話していれば、相手は取っ掛かりを失う。ずっと「ある」で話していれば、相手は入る場所を失う。どちらも、話題の問題ではないですよね。

今日から全部を変える必要はありません。「あ、今ないばっかり言ってるな」と気づけたら、それだけでもう半分だと思います。

ちなみに、この「どちらに偏りやすいか」には、その人の性格タイプもけっこう関係していると感じています。人と関わるときにエネルギーがどちらを向くかについては、こちらの記事もあわせてどうぞ。

→ 内向(I)と外向(E)の違いについての解説記事

あなたは、どちらが多いですか。よかったら、動画のコメント欄でも教えてください。


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