エッセイ21 スペシャルな日々

カタギです、

今回のエッセイは多分、
過去最長です。

要するに長いです。

読み応えがあります。

時間がある時に読んで下さい。

さて、今回のテーマは
スペシャルな日々。

日常と非日常、恋人と仲間、
16タイプでの特別感への想い…

それらを僕の体験を交えて
解説しました。

。。。

ーーーーーーーーーーーーーー
エッセイ21 スペシャルな日々
ーーーーーーーーーーーーーー

スペシャルな日々

それはみんな、求めるもの。

誰だって自分にとって
初体験で初経験、新鮮で
貴重な特別な日々を求める。

が、特別な日々は危険だ。

人間にとって特別な状況は、
人間を狂わせる。

シチュエーションに気を取られ、
絡んでいる個別の事柄、人物に
注意がいかなくなる。

そのシチュエーションに絡んでいる
それぞれがその状態を”特別”と
感じていればまだいいが、

片方が特別と捉えていて、
片方が日常と捉えていると
お互いに違和感が生まれる。

例としては、

「恋に恋する」

が一番わかりやすい。

「恋に恋する」は、その状況、
あるいは交際相手を
特別視しすぎると生まれやすい。

恋愛、交際が”特別”な人は、

恋人がいる、好きな人がいる、
彼氏がいる、彼女がいる、

そのスペシャルな事実。

交際相手が存在する特別な日々に
酔い、翻弄され、目がくらみ、
肝心要の相手の個人性は
どこかに置いてきぼりになる。

見れているようで見えなくなる。

恋愛慣れしてきて、
恋をしている、恋人がいる、
という事が特別に感じなくなれば、

その一種の混乱状態は抜け、
落ち着きと冷静さを取り戻せる。

この特別な状況へのめまいは、
もちろん恋愛だけに限らない。

すべての状況に当てはまる。

自分にとって普通でない、
平凡でない状況、日々は
すべてが特別な日々になる。

それには必ず特別へのめまいが
ついて回ることを知るべきだ。

この特別な日常へのめまいは、
もちろん悪いことばかりでない。

新鮮でドキドキ感に溢れ、
スリルを感じられ、楽しい。

「次は何が起こるんだろう?」
「これからどうなるんだろう?」

という感じで映画の一コマのような
ムードを感じられて心がキュンとする。

だがそれには当然代償がある。

そして、

特別ではない、平凡な事を退屈、
と捉えるのは間違いである。

実のところは平凡な日々などない。

特に恋愛などプライベートな
1対1の人間関係は、人の
個人性が色濃く出て個性が出る。

100人と恋愛した人がいたとして、
その彼が次にまた新しい人と付き合っても
特別には感じづらいと思う。

が、実際、同じ人間などいない。

交際経験は次の恋愛にはあまり
活かせない、とよく言われる。

それは基本的には正しい。

(ただ自分の恋愛パターンは
学習できるので無駄ではない。)

同じ人間などいないからだ。

前の相手とこういうやり方で
うまく行ったからと言って、次の
相手がそれでうまく行くとは限らない。

交際の形は千差万別で、
カップルの数だけ存在する。

今恋人がいる人は、その特別性を
噛みしめるべきである。

あなたが同じ交際を経験することは
今度一切訪れない。

あなたとその人物の化学反応は
唯一無二のもので、スペシャルだ。
別の人物とあなたで同じ恋人の
雰囲気を作ることは絶対にできない。

だから恋愛相手や就職先、先生、
知識や情報などを延々と集める人は
そのひとつひとつが特別だとちゃんと
真正面から受け止めるのが大事である。

それでそんなスペシャルな相手と一緒に
協力して特別な日々を作り上げていく
絆の力を育てていくのが大事である。

その覚悟と責任をもつべきなのである。

とはいえ、

ここまで説明してきたように、
特別な日々だと感じることは
ポジティブな事ばかりではない。

唯一無二を見過ぎるとめまいがする。

そして空回りをする。

もちろん性格タイプも関係し、
特別な日々に耐性がない人は、
特別な日々に慣れる、
ということが大事にもなる。

僕もその耐性がゼロで
何でもかんでも唯一無二と
捉える傾向があった。

僕にとってそれが
一番象徴的なのは、

高校一年、

初めてバンドを組んだ時。

中学に入ってギターを初めて、
作曲を開始して以来、バンド仲間を
集めてバンドを結成することは
ずっと望んでいた事だった。

入学式前のオリエンテーションで
隣り合ったENTPと意気投合して、
「バンドを組もうぜ」となり、

入学後はその”勢い”のまま、
彼と二人で色んな人に声をかけ、

(これはおそらくポイントである。
僕が特別な日々をGETするときは、
必ずこんな”勢い”を利用している)

高校入学してすぐ、僕と彼を
中心としたバンドができた。

5人組であった。

それは中学生の頃からの
夢であり目標であった。

嬉しかった。信じられなかった。

放課後は、集まって、空き教室で

BUMP OF CHICKENの天体観測や
GOING STEADYの銀河鉄道の夜や
スピッツの空を飛べるはずなどを演奏した。

同じクラスの友人などが教室の
窓から「あいつら青春してるな」
という感じで見ていた。

そのことに興奮を覚えた。

そして僕にとってもっとも
嬉しかったのは未来のこと。

未来のことを一緒に考えられる
仲間がいる、という事実だった。

音楽仲間がいる、一緒に
いろんな曲を演奏できる仲間がいる。

これからどんな曲を演奏しよう?
僕が作った曲をこうやってやろうか?
アイツはここを担当してもらって俺は…
この曲もやってみたい、
こういう場所でも演奏したい、、

そんな風に色んな将来の事を
仲間がいる前提で考えられるのが
たまらなく嬉しくて興奮していた。

めまいがして、立ちくらみがして、
浮足立って、常に軽い興奮状態。

日々は夢うつつの状態であった。

がそんな日々は長くは続かない。

その特別な日々はもろく、
あっけなく一瞬にして消え去った。

最初の人前での演奏後、
僕はそのバンドから抜けた。

本番前後で軽い衝突があり、
僕と他のメンバーの間に
お互いへの不信感が漂い、
ライブ本番後の打ち上げに
僕は呼ばれなかった。

僕を抜いたメンバーで集まっていることを
知った時、僕は抜けることを決意した。

原因は、

彼らにとっては”仲間”がいることが
そこまで特別ではなく、僕にとっては
“特別”だったということだと思う。

悲しかった。

泣けなかったが、悲しかった。

つらくて、言葉が出てこなかった。

決断をして、相手とやり取りをして、
決裂して、家に帰る道での道中。

辛く硬い表情でじっと、
何かを考え、耐えていた。

家に帰って、家族に会い、
何か何気ないことを口に出そうとしたとき、

乾いた空気だけが口から出て、
言葉がほとんど出てこなかった。

おしゃべりというわけではないが、
喋ろうとすれば喋れる僕にとって

言語が出てこない、という事は
初めて感じる感覚だった。

また、決裂の後の”残り物”への
対処もまたキツかった。

バンドの仲間ができたときは、
嬉しくて母や兄に語っていた。

それもまた悲しかった。

バンドをやめたことは報告できなかった。

捨てられたようなものだったし、
相手に同情されたくなかった。

特に兄には色々言っていて、
彼も自分のことのように
色んな指示を与えてくれていたので

その後、彼から、例えば何か
一緒に音楽を聞いている時とかに

「お前、お前のバンドでこの曲やってみたら」

みたいな事を言われる時、困った。

胸が辛くて張り裂けそうになった。

スペシャルな日々は、確かに
スペシャルかもしれないけど、

スペシャルすぎて怖い、
という事を感じた体験だった。

それが僕の高校の時。

その後もスペシャルな日々に
耐える試練は続いた。

次は一人暮らしを始めた時だが、
それは長くなるので抜かして、
その次の恋愛での経験を語ろう。

最初からこのエッセイで恋愛での
例を多く取り上げているが、それは
僕がそこで学んだ事が多いからである。

それは僕が大学生の頃。

相手は4つ下のバイトの後輩。

ESFP

その大手ファミレスチェーンでの
バイト先では僕は有能だったので
ENTJの店長からも、周りの先輩からも
一目置かれていて、妙な人気があった。

だから彼女は興味を
持ってくれたのだと思う。

勉強を教えると称してデートを重ね、
彼女が色んな人にアプローチを
受けていると言ってくることに
焦りを覚えて、耐えきれずコンビニの
前で俺はお前と付き合いたい、お前は
俺と付き合う気はあるのかと謎の告白。

相手は驚き、返答は曖昧だったが
その後、メールで相手も受け入れてくれて、
交際がスタートした関係だった。

彼女は僕にとって初めての
交際相手ではなかったが、

それまでの僕の”交際”は
薄ぼんやりとした曖昧な関係性で
カップルらしい絡みがほぼなく、
事実上の交際期間も
1月を超えていなかったので

事実上、彼女は
僕の初めての彼女と言って
良いような相手になるのだと思う。

現実的な恋人との交際、
それは強烈な体験だった。

そして嬉しかった。

日常的なふつうのカップルぽい絡みが
心底、嬉しく、何かが強烈に癒やされた。

毒をずっと食べて(それを普通に思い)
生きていた自分が毒を食べなくても
ただ美味しさだけを食べていてもいいんだ、
良いのかもしれない、許されるのかも、

と思うことができた日々であった。

僕にとって、初めて

「俺は孤独ではないのかもしれない」

と感じ(錯覚)できた日々だった。

平和な日々、というのが
存在するのかもしれない、

それを俺も送っていいのかもしれない
と感じ(錯覚)できた日々だった。

彼女との日々はかけがえなかった。

メールで日常を報告し合ったり、
何気なく電話をくれたり、したり
キスをしたり、じゃれて触れ合ったり、
電気を暗くしてちちくりあったり、
手を繋いでらしいデートをしたり、
ムードがある場所に行ったり、
心配をしてもらったり、したり、
相手の将来や自分の将来を
一緒になって考えたり、
相手の持ち物を当たり前のように
使ったり、自分の財布や携帯を
当たり前に相手に預けられたり、

そんな体験は僕には特別だった。

そして一番うれしかったのは、

“未来に相手がいる前提で”

「今度はこういう所行ってみたいね」
「こういう事を一緒にしてみたいね」

と話し合え、将来計画を考えられる…

新体験を一緒に当たり前のように
楽しんで共有できる存在がいる、

その事実に僕は酔いしれ興奮した。

恋に恋をしていた。

色んな事を計画し、やろうとした。
とにかく考えて、考えて、考えまくった。

が、これが間違いだった。

彼女はそんな事は
望んでいなかったのだ。

ただ一緒に楽しい時間を過ごしたいだけ。

それだけだった。

僕の未来計画は彼女には
心のプレッシャーになった。

未来への選択肢を狭める束縛、
縛り付けに彼女は無意識で感じた。

結果、

スペシャルな日々は例によって
あっけなく消え去った。

僕は未来の(難しさを越えた先の)
快楽を一緒に得たいと願っていた。

彼女は今手にできる快楽を大事に
したいという気持ちがあった。

心は離れていった。
すれ違いが普通になった。

僕が言う冗談に笑ってくれたり
大きなリアクションで驚いて
くれた彼女はいなくなった。

僕が何を言っても
彼女の反応は次第に淡白になり、
僕の目を見なくなった。

態度、返答が雑、投げやりになり、
不機嫌か無反応が普通になった。

僕に対して現実的、肉体的な部分での
指摘や愛の感じられないダメ出しが増えた。

たまに嬉しそうに話すことは、
別の集まりで出会った社長、店長、
医者、スポーツマンなどすごそうな男性に
こう言われた、褒められた、こんな
プレゼントをされた、送ってもらった、

など、最近仲良くなった
“良い人””優しい人”の話であった。

だんだん僕は彼女に対する
不信感と軽蔑心を育てていった。

そして自分の無力感と
彼女への諦めが強くなっていった。

彼女との未来を信じられなくなった。

僕の方も諦め混じりの
自暴自棄な言動が増えた。

「どうせお前は俺のことなんか
気にしてないんだろ、興味ないんだろ」

「俺はこういう事やりたいけど
お前はどうせ興味ないんだろ」

「俺はお前と一緒にやりたいけど
お前はどうせ面倒で無理したくないんだろう、
だから別にいいよ、期待しない、勝手にすれば」

そんな子供っぽく、かっこ悪い、
イジケて、すねた言動が増えた。

白けムードが当たり前になった。

そして彼女は他に好きな人を作った。

そしてそれをそこまで隠さなくなった。

僕は彼女から離れるしかなかった。

バイトをやめて、その時住んでいた
家を離れて、実家に戻った。

耐えられなかった。

彼女の匂いが染み込んだ場所は
発狂しそうになるほど僕を苦しめた。

バイト先やその時住んでいた家には
彼女の思い出や残りカスが多すぎた。

彼女と行ったテーマパークのレシート
だけでも見るともうダメで、

もらったプレゼントや手紙、
一緒に写っている写真などは最悪で、

処分したいし処分できないという
葛藤で心が壊れそうになった。

交際当初ふさがったと思った傷には
またそれ以上の大きな傷跡ができた。

。。。。

これも、原因はバンドの件と同様。

僕は異性との交際が特別であり、
彼女は異性との交際は特別な
ことではなかった、という事である。

(勿論それだけではないが)

とまあ、僕の話をずっとしてても
しょうがないが、

バンド、彼女、以外にも僕の人生から
このスペシャルな日々へのめまいについて
色んな例をあげることができる。

他の例をあげようかと思ったが、
しかし、今回は話がやたらと長くなっている。

とりあえず今回はここまでにしよう。

最後にメッセージをまとめる。

僕も自分語りがしたくて
こんな長文を書いているわけではない。

あなたに参考にしてほしいから
書いている。

今回の話で僕が何を
あなたに伝えたいのか、
あなたが今回の話から何が
参考にできるのかまとめると、

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1)特別な日々には代償がある

2)特別へのめまいは個人を見失わせる

3)特別な日々は協力して作り上げる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ということが言えると思う。

参考にして欲しい。

またせっかくなので、
16タイプや心理機能の知識でも
何か言えることがあると思うので
ざっと大雑把な考えをシェアする。

まず16タイプでIPタイプは

「恋に恋する」タイプと言える。

IPは日常を特別に過ごすのが
得意なタイプである。

巷で言われるふつうの毎日、
何の変哲もない日常の中に
特別な瞬間、要素をみつけ、
工夫して特別な味を味わう、
ISTPISFP

もしくは何の変哲もない日常を
不思議な過ごし方で特別化する。
INTPINFP

それぞれのやり方があるが、
そんな風に日常の中で、
特別の味を味わえるので、
そこである程度満足しやすく。

変に「一般的な特別」を求めないので、
普通の人がしている体験が少ない。

だから逆に一般的な特別の状況は、
IPは恋に恋する状態になる。

普段の「自分が定まっている感」が
消え、もろく、浮足立ってヘマをする。

なのでIPは常識的な体験をしっかりと
通過、体験するのが重要になる。

EPは一見特別を求めるタイプに
見えるが、いつまでたっても特別が
手に入らないで延々とするタイプである。

第3機能の外的思考、もしくは
外的感情の一般的な基準、外側の基準で
ある体験や人物を特別なのかな?と
見定め、体験したり情報を集めて、

ある程度分かった、と
おもったら興味が減るタイプである。

表面的な特別感を味わい尽くして
(味わい尽くしたとおもったら)
どっかに行くタイプともいえる。

もちろん、特別は味わい尽くせる
ものではないので
これは完全な間違いである。

これが行き過ぎると、

「本当の特別なんて存在しない」

という思考になりやすい。

EPにとって大事なのは
特別な日常というのは、

周りから与えられるものではなく、
どっかで見つけてくるものでなく、

自分が錯覚している平凡だと感じるものを
特別に作り上げる、誰かと一緒に協力して
自分も覚悟をきめて犠牲を払って
一緒に育てるものだということを知る、
ということだ。

EJは特別から最も離れているタイプだ。

だからEJは特別がほしい。
本当に、本当に心の底から欲しい。

ひとりだと”特別”に穴があいているのだ。
だからそこをなんとかして埋めたいと思う。

が、ここで注意しないといけない。

特別は時間がかかる。

すぐ「特別だ!」と判断できるものは
あなたにとって特別ではない。

特別は育て上げるもので時間がかかる。

その育てる過程こそ、貴重なものなのだ。

その育成過程の状態をリラックスして
味わうことができる、それがEJの理想である。

特別を焦らないこと。

それがEJは大事である。

IJは特別な日々を怖がる。

自分にとって特別を恐れる。

“特別が生じさせるめまい”を
一番よくわかっているタイプである。

そのめまいを楽しい!新鮮!と
捉えるよりもその怖さの方に意識が行く。

だからIJは特別な日々に対して、
二の足を踏む。

足が前に出てこなくなる。

止まるのだ。ピタッと。

重要なのは特別には怖さだけでなく
新鮮なドキドキ感もあるということを
ちゃんと受け入れること。

ドキドキは恐怖や焦燥だけでなく、
ポジティブな感情でもある。

それが分かれば自分もドキドキに
笑顔で入れるし、相手をドキドキに
誘うときもリラックスして誘えるようになる。

以上だ。

今回は大雑把にIP、EP、EJ、IJで
分析してみたが、もっと個別に
いろんなことが言えると思う。

なのでまた何か考えたらメールしますね。

あなたも何か今回の話で
感じることや感想があれば
ぜひシェアして教えてほしい。

あなたなりの特別な日々への
想い、体験、考え、何かあったら
ガンガンシェアしてください。

それでは!

カタギ(INTP

コメントを残す