冷たい人とは何なのか|人の温度感を4つのタイプに分けて考える

カフェに入って、コーヒーを持ってきてくれた店員さんが、目も合わせずに「はい」とだけ言う。ぶっきらぼうにカップを置いて、そのまま行ってしまう。なんだか冷たいな、と思って、その日一日ずっと少しイライラしている。

そんな経験、ありませんか。

僕は16タイプの性格診断を仕事にしていますが、この記事ではタイプの話をいったん脇に置いて、人を「温度」で見る話をします。冷たい人、涼しい人、温かい人、熱い人。この4つです。

先に、いちばん言いたいことを書いておきます。冷たさは、そんなに悪いものではありません。むしろ、その人の本当の姿に触れるための入り口になると僕は思っています。

ちなみに僕自身は、かなり冷たい方の人間です。それも含めて、冷たい側の胸の内を書いていきます。

そもそも「冷たい」とは何なのか

冷たさとは、対象を特別視しないこと

まず、冷たいってどういうことなのか。僕なりの定義は、こうです。

冷たさとは、対象を特別視しないこと。

特別視する、というのは、目の前に人が来たときに「この人はスペシャルな人だ」と感じて、その人用の反応をすることです。相手が変われば、声の高さも、リアクションの大きさも変わる。人が目の前にいるというだけで、多少はその人を特別に扱う。多くの人は、自然とこれをやっています。

特別視しない、というのはその逆です。「まあ、みんな同じだよな」「こういうことって他にもあるよね」と、目の前の相手や出来事を、他の相手や出来事と同じように扱ってしまう。スペシャルな体験だとは思わない。

僕は、これがかなり強い方です。誰と話していても、ペースがほとんど変わりません。人が目の前にいるときと、いないときでも、あまり変わらない。普通なら、人がいるというだけで少しは特別にするところなのに、それをしないわけです。

(自分で書いていて、けっこうひどいなと思います)

でも、この「特別視しない」という一点さえ押さえておくと、冷たさの正体はかなり見えやすくなります。冷たい人は、あなたを嫌っているわけでも、攻撃したいわけでもない。ただ、あなたを含めた世界のあれこれを、特別だと感じていないだけ、ということが多いです。

冷たさが生まれる3つのメカニズム

では、誰かを「冷たい」と感じるとき、僕たちの中では何が起きているのか。3つに分けて考えてみます。

① 温度差を感じている

文字通りですが、誰かを冷たいと感じるとき、それは自分との温度差を感じている状態だと思うわけです。

もちろん、基本的に温度の低い人はいます。ただ、概念として考えると「絶対的に冷たい人」というのはほとんどいません。冷たさは、いつも相対的に測られています。

握手をしたときの感覚を思い出してもらうと分かりやすいと思います。相手の手が冷たいと感じたとき、相手が氷のような冷気を出して、こちらに吹雪を吹きかけているわけではありません。単に、自分の手の方が熱くて、急に熱を奪われただけです。相手の手が絶対的に冷たいというより、自分の手が熱かった。そういうことの方が多い。

人間関係でも同じです。「自分だったらもっと温かく接するのに」「普通はもう少し温かく反応するものでしょう」。その差を感じたときに、人は冷たいと思います。

② 自分がそこに熱を持っている

ここから先が、少し面白いところです。

温度差で冷たさを感じるということは、冷たいと思った時点で、自分の方に熱があるということになります。つまり、その相手やその場面に対して、自分が関心を持っている。良くも悪くも、気になっている。

僕は、人を冷たいと感じることがほとんどありません。でも、感じる瞬間はあって、それは決まって、自分がめちゃくちゃ熱くなっているときです。

たとえばセミナー。今日はマジでいい話をしているぞ、と思いながら喋っていて、参加者に話を振る。そこで「ああ、まあ、そういうこともありますかね」くらいの反応が返ってくると、「みんな冷たいな」と思ってしまう。相手が特別に冷たいわけではありません。僕がそこに熱を持ちすぎていて、差が見えやすくなっているだけです。

道ですれ違っただけの人が自分に微笑まなくても、誰も傷つきません。熱のないところに、温度差は生まれないからです。

③ 相手が特別視していない

3つ目は、最初の定義とほぼ同じです。相手の側に、特別視の欠如がある場合。

物事や人間関係を「まあ、こういうこともあります」「よくあることです」「そういう状況は結構あり得ますよね」と、ドライに処理していく。その姿勢が、周りには冷たく映ります。本人にしてみれば、悪気どころか、気持ちの動き自体がほとんどありません。

この3つを並べると、冷たさというのは、相手の中だけにあるものではなく、自分と相手のあいだに生まれるものだと分かってもらえると思います。

それでも、冷たい人が気になってしまう理由

冷たい人は嫌われる。そう思われがちですが、実際にはそうでもありません。なぜか気になってしまう、目で追ってしまう、という経験がある人は多いはずです。動画の収録でも、コメンテーターのひとりが即答で「私、すごく冷たい人が気になります」と言っていました。

これには3つ理由があると思っています。

① 冷たさは刺激だから

人間に必要なものは、刺激と安全だと僕は考えています。温かさは安全を、冷たさは刺激を与えます。

自然界に、冷たい動物というのはあまりいません。触れるものはたいてい、自分と同じくらいか、自分より温かい。だから人間関係における冷たさは、ちょっとした異質さとして体験されます。

いつも温かいごはんを食べている人が、急にキンキンに冷えたコーラを飲んだときの、あの「わっ」という感じ。あれが、人に対しても起こります。驚きや疑問、場合によっては落胆や怒りにまでなりますが、どれも刺激であることには変わりません。無関心ではいられなくなる。

② 温度が上がる瞬間を期待してしまう

ずっと冷たいだけの人は、実はいません。どんな人にも、ふと温度が上がる瞬間があります。

そして、冷たい状態を知っているからこそ、その上昇幅が大きく感じられます。普段そっけない人が、一度だけこちらを気にかけてくれた。そのときの「あれ、この人、自分のことを考えてくれているんだ」という感覚は、かなり強く残ります。その人の真髄に触れたような気がして、嬉しくなる。

逆に、誰にでもいつでも温かい人の「すごいね」「よく頑張ってるね」は、だんだん話半分で聞くようになってしまいます。言葉の価値がインフレを起こす、という言い方もできると思います。

(もちろん、これは僕の見方なので、いつも温かい人が本気じゃない、という話ではありません)

③ 冷たさは、演じにくいから

これが一番大きいと思っています。

社会生活では、多くの人がある程度温かく振る舞います。本当は疲れていても、面倒だと思っていても、職場では少し高い声で挨拶をして、愛想よく応対する。冷たくして嫌われたくないし、その方が物事がスムーズに進むからです。つまり、温かさは、ある程度まで演じることができます。

一方で、冷たさをわざわざ演じる動機は、ほとんどありません。冷たく見せたい場面がまったくないとは言いませんが、レアです。得がないからです。

だから、誰かから冷たさを感じたとき、それは社会的なコーティングがされていない、その人の生々しい部分である可能性が高い。作られたものではない。だから引っかかるし、気になる。

この話は、記事の最後にもう一度戻ってきます。

人の温度感を4つに分けてみた

ここからは、人そのものの温度を見ていきます。

人が持っている熱量の総量は、おおむね決まっていると思っています。誰でも同じくらいの熱を持っていて、それをどこに配分するかが違うだけ、ということです。ある人にはめちゃくちゃホットで、別のことにはすごくコールド。そういう配分の違いが、その人の温度感になります。

そのうえで、基本的に冷たい人、基本的に熱い人というのは、やはりいます。違いは、対象を特別視しやすいかどうかです。

温度関心特徴
冷たい(コールド)無関心対象を特別視しない。誰が相手でもペースが変わらない。目の前の出来事も「よくあること」として処理する
涼しい(クール)微関心まったく特別視しないわけではない。広く浅く、少しずつ関心を配る
温かい(ウォーム)中関心そこそこ関心を向ける。ただし一つ一つをスペシャルとまでは思わない。社会的な適温
熱い(ホット)大関心対象をスペシャルだと感じる。特定のものには強く熱を注ぎ、その分、他が無関心になりやすい

状況によって上下はします。相手によって温められることもあります。それでも、自分の普段の体温のようなものは、ある程度決まっている気がします。「基本はコールドで、場合によって変わります」「基本はウォームです」という言い方ができるくらいには。

収録では、コメンテーターの3人に自分のゾーンを聞きました。面白かったのは、変化の方向が人によって真逆だったことです。ひとりは「初対面ではウォームとクールの間。話すほどウォームになって、最後は一気にホットに行く」。もうひとりは「最初がホットで、だんだんクールになる」。もうひとりは「その場の空気に合わせる。にぎやかなら自分もにぎやかになるし、静かなら三歩くらい引く」。

自分はどのゾーンにいて、どの方向に動きやすいのか。ここを知っておくだけでも、人付き合いはかなり楽になります。

温度の違う人と、どう付き合うか

① 同じ温度の人と、温度を強化する

一つ目は、同じ温度感の人と過ごす付き合い方です。

熱い人が熱い人同士で話すと、熱さを共有できます。冷たい人が冷たい人同士で「みんな熱すぎませんか」と言い合うと、お互いの冷たさを確認できます。アイスをぶつけ合って、冷徹さを分かり合うようなものです。

これが必要になるのは、周りとの温度差が大きすぎて、自分の温度を保てなくなったときです。熱い人が冷たい場所にずっといると、自分の熱がだんだん保てなくなる。そういうときに、同じ温度の人と会って温度を強化したくなります。

② 逆の温度の人と、適温に向かう

二つ目は、逆です。

基本的に、人は適温でいたいものだと思います。このゾーンで言うと、クールとウォームのあいだくらい。社会的にはウォーム寄りがいいのですが、熱すぎると熱っぽくなってしんどいし、寒すぎると今度は凍えます。

だから、熱くなりすぎる人は、冷たいものに触れて自分の温度を少し下げようとします。冷えすぎる人は、熱い人に触れて少し温まろうとします。熱い人が冷たい飲み物を飲みたがって、寒い人が温かいお茶を飲みたがるのと同じです。

冷たい人と絡むと落ち着く、熱い人といると元気が出る。そういう感覚があるなら、それは自分を適温に戻している最中なのだと思います。

冷たい人は、自分の冷気で凍える

ここは、収録でいちばん驚かれたところでした。

冷たい人は、傷つかないから楽そうに見えます。実際、他人の態度で一喜一憂することは少ないです。ただ、冷たい側にも困りごとはあって、それは他人ではなく、自分の冷気で苦しむということです。

何を見ても「まあ、よくあることだよな」と感じてしまうと、目の前のことが特別ではなくなります。特別ではないものに囲まれていると、だんだん動けなくなります。寒くなって、凍って、体が動かない。自業自得ではあるのですが、しんどいことに変わりはありません。

(この話をしたとき、コメンテーターに「想像もつかない」と言われました。伝わらないんだな、と思いました)

自己調整のヒント

ここまでを踏まえて、自分の温度が極端だと感じる人に向けた話を書きます。

冷たすぎると感じる人へ

冷たい人に必要なのは、「一つ一つの対象や出来事が、それぞれ特別である」と感じる感覚を養うことだと思います。

ここで「特別だと思うようにしましょう」と言っても、たぶん無理です。僕もできません。できるとしたら、目の前の相手や出来事の、他とは違う部分を一つだけ探してみることくらいです。同じカフェでも今日の席は違う、同じ相手でも今日の話は初めて聞いた、というレベルで構いません。特別視は、気合いではなく観察から始まります。

熱くなりすぎると感じる人へ

熱い人に効くのは、その逆で、一歩引いて客観視することです。

「この人も、この出来事も、これ以外にもいろいろあるな」「他と一緒だな」と思えると、上がりすぎた体温が少し下がります。冷たい人と過ごす時間が、この役割をしてくれることもあります。

冷たすぎても、熱すぎても、本人がしんどい。だから僕たちは、行ったり来たりしながら適温を探しているのだと思います。

冷たさは、その人を知る入口になる

最後に、この記事でいちばん伝えたかったことを書きます。

冷たさは、どんな人にも多少あります。そして、そこは注目すべきポイントだと思っています。

理由は、さっき書いたことに戻ります。温度が極端になるほど、人は擬態しづらくなるからです。ものすごく熱い状態も、ものすごく冷たい状態も、真似したり演じたりするのは難しい。特に冷たさは、演じる動機がありません。

作られた温かさは、安全で安心できます。でも、その人固有のものかというと、そうとも限りません。一方で冷たさは、ほとんどの場合、その人固有のものです。

冷たさは、その人の真実の姿に触れるための、第一歩目になる。

だから、誰かの冷たさを見つけたときに、すぐ「嫌な人だ」と結論を出してしまうのは、少しもったいない気がします。そこはその人の輪郭で、その輪郭が見えているからこそ、あとで見せてくれる温かさが特別に感じられるのだと思います。

とはいえ、これは僕の独断と偏見です。一番はあなた自身の感覚なので、あくまで一つの見方として使ってもらえたら嬉しいです。冷たい人に傷つけられている最中の人に、無理に見方を変えてくださいと言うつもりもありません。

この記事のまとめ

・冷たさとは、対象を特別視しないこと

・誰かを冷たいと感じるのは、自分との温度差。そこに自分の熱がある証拠でもある

・冷たい人が気になるのは、刺激であり、温度が上がる瞬間への期待があり、そして演じられないから

・人の温度は、コールド/クール/ウォーム/ホットの4ゾーン。上下はするが、普段の体温はある程度決まっている

・同じ温度の人とは温度を強化し、逆の温度の人とは適温に向かう

・冷たさは、その人の本当の姿に触れる入口になる

自分の温度と、自分のタイプ

温度の話は、16タイプそのものの話ではありません。ただ、どんなことを特別視しやすいかは、タイプごとにかなり違います。人には熱いけれど、物事にはコールド。自分の興味には熱いけれど、人間関係にはクール。そういう偏りが、タイプごとの持ち味になっていきます。

自分のタイプがまだはっきりしない方は、無料の診断を用意しているので、よかったら試してみてください。

動画でも話しています

この記事の内容は、ホワイトボードを使いながら、コメンテーターの3人と話した回がもとになっています。それぞれが自分の温度をどう自覚しているか、記事に入れきれなかった具体的な話も出てくるので、よかったらどうぞ。

ほかの動画はYouTubeチャンネルで公開しています。

あなたの普段の体温は、どのゾーンに近かったでしょうか。コメントで教えてもらえたら嬉しいです。

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