「ピュアだね」と言われる人の3タイプ|無防備・ストレート・一直線で考える、ピュアの本当の意味
「ピュアだね」と言われたことはありますか。
言われた側としては、ちょっと反応に困る言葉ですよね。褒められたのか、それとも「世間知らずだね」を柔らかく言われたのか。
あるいは、誰かを見て「この人、ピュアすぎて騙されないかな」と心配になったこと。「自分ってピュアすぎるのかも」と、ちょっと不安になったこと。
僕は、最近ずっと後者です。自分のことを「本当にピュアすぎるなあ」と思うことが、ここ最近とても多いんですね。昔から若干そうではあったんですけど(若干で済んでいるのかは怪しい)。
ただ、ピュアという言葉は、使う人によってイメージがかなり違います。騙されやすい人を指すこともあれば、夢を追いかける人を指すこともある。同じ「ピュア」なのに、中身がばらばらなんですよね。
そこでこの記事では、ピュアを僕なりに定義し直して、3つのタイプに分けてみました。そのうえで、「ピュアだね」と言われたときにどう受け取ればいいのかも考えています。YouTubeの収録でホワイトボードを使って話した内容を、はじめて読む方にも分かるように整理しました。
あくまで僕独自の分け方なので、「そういう見方もあるのか」くらいの気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。
よく言われる「ピュアな人」の説明に、少し違和感がある
まず、世間ではピュアがどう説明されているのか。Googleで「ピュアな人 特徴」と調べると、だいたいこんな説明が出てきます。
裏表がない。素直で正直。嘘をつかない。人を信じやすい。感情が分かりやすい。好奇心がある。ポジティブ思考。
なるほど、と思う部分もあります。でも僕は、自分がピュアだと感じているわりに、この説明にはあまりピンときませんでした。
特に引っかかったのが「ポジティブ思考」です。
ポジティブ思考って、僕のイメージだと、ちょっと頑張っている感じがするんですね。不安がある前提で、それを前向きに捉えようとしている。そこにはパワーがあって、力が入っている。
でも僕が思うピュアな人は、もっと力が入っていないんです。前向きに考えようと頑張っているのではなく、そもそも後ろ向きな可能性が頭に浮かんでいない。
「自分の気持ちに素直」という説明にも、少し首をかしげました。自分の気持ちに敏感すぎる人は、どちらかというと気分が揺れやすくなる気がします。感情の起伏が激しい人を見て「ピュアだな」とは、あまり思わないんですよね。
じゃあ、ピュアの本質って何なのか。ここからが僕の定義です。
ピュアとは「反対を想定しない」こと
僕が考えたピュアの定義は、2つあります。
1つ目は、歪んだフィルターを通して物事を見ないこと。
相手の言葉、目の前の出来事、世界そのもの。そういうものを、何かのフィルターを通さずに、そのまま見ている。これがピュアの土台になっていると思います。
2つ目は、反対を想定しないこと。
自分が「これはこうだな」と思ったとき、その逆をあまり考えない。考えないというより、知らない、見ない、想定しない。
例えば、誰かに「今度飲みに行こうよ」と言われたとします。多くの人は、それが社交辞令かもしれない、とどこかで考えますよね。でもピュアな人は「誘われたぜ」とそのまま受け取る。社交辞令という「反対側」が、そもそも頭にないわけです。
ポジティブ思考との違いも、ここではっきりします。ポジティブ思考は、ネガティブな可能性を知ったうえで、それを打ち消そうとする。ピュアは、打ち消す対象がそもそも見えていない。努力ではなく、前提が違うんですね。
何に対してピュアか。ピュアは3つのタイプに分かれる
では、何の「反対」を想定しないのか。ここで、ピュアは大きく3つに分かれると僕は考えています。
| タイプ | 何に対してピュアか | 何を想定しないか | ピュアゆえに起こりやすいこと |
|---|---|---|---|
| ①無防備型 | 世界・現実 | 危険・リスク | 物理的に怪我をする |
| ②ストレート型 | 他者・人付き合い | 裏表・隠された意図 | 対人で傷つく |
| ③一直線型 | 自分の動機 | 打算・損得・計算 | 周りが見えなくなる |
分けるポイントは「何に対してピュアか」です。世界に対してなのか、他者に対してなのか、自分の動機に対してなのか。順番に説明していきます。
①無防備型:世界や現実に対してピュア
無防備型は、世界や現実に対してピュアなタイプです。想定しないのは、危険やリスク。
このタイプにとって、世界は基本的に開かれていて、楽しくて、可能性に満ちた場所です。その反対側にある「危ないかもしれない」「失敗するかもしれない」を想定していない。
大人になるにつれて、人は少しずつ防衛線を張っていきます。現実的な限界を知る。失敗したときの保険をかける。危ない場所には近づかない。無防備型は、その防衛線を張らないんです。張らないというより、張り方を知らない。
だから、周りからは無謀に見える夢を、本気で信じられる。防御を知らないまま、世界に対して開かれている。すごく夢見がちなタイプとも言えます。
ピュアゆえに起こりやすいことは、単純に「怪我をする」ことです。
裸で、トゲのある道を普通に歩いているような状態なんですね(想像するとかなり痛い)。なので、ダメージは精神的なものより物理的なものになりやすい。自分の体が傷つくこともあるし、大事にしていた物や家が壊されることもある。現実に対して防御を張らないので、現実の側から損害を受けるわけです。
②ストレート型:他者に対してピュア
ストレート型は、他者とのコミュニケーション、人付き合いに対してピュアなタイプです。ダイレクト型と呼んでもいいかもしれません。想定しないのは、相手の裏表や、隠された意図。
社交辞令、皮肉、マウンティング、場の空気の中にある裏の力関係。人間関係には、言葉の表面とは別のところで動いているものがたくさんあります。ストレート型は、そういう「社会的な文脈のノイズ」を知らないんです。知らないというか、そことは別の世界に住んでいる。
さっきの「今度飲みに行こうよ」を「誘われたぜ」と受け取るのは、まさにこのタイプです。
相手の発信を、そのまま受け取る。人間関係に駆け引きが存在しない。これはストレート型のすごくいいところでもあります。裏を読まない人と話すのは、実はかなり気が楽なんですよね。
ピュアゆえに起こりやすいことは、対人でのダメージです。無防備型が物理的に怪我をするなら、ストレート型は人との関係の中で、精神的に怪我をしやすい。相手に期待しすぎて、人に対して夢を見すぎて、ズレが起こるんです。
③一直線型:自分の動機に対してピュア
一直線型は、自分自身、特に自分の動機に対してピュアなタイプです。一途型と言ってもいいと思います。想定しないのは、打算や損得、計算。
好きなことや信念に、混じり気なく一直線に向かっていく。「こうしたらもっとうまくいくかも」という細かい計算をしないし、損得で動かない。そして、自分がそれをやっている動機を疑わない。
「自分は本当にこれが好きなんだろうか」「実は認められたいだけなんじゃないか」。多くの人が一度は考えるそういう問いが、このタイプにはあまり浮かばないんです。
ピュアゆえに起こりやすいことは、周りが見えなくなることです。打算がないのはそれ自体すごくいいことなんですけど、一直線に進むぶん、ちょっと頑なになる。周りと摩擦を起こすというほどではないけれど、ズレが生まれる。
面白いのは、このズレが「内側」で起きることです。無防備型は世界に対して、ストレート型は人に対してズレを起こす。一直線型は、自分の在り方そのものが、周りと少しずつズレていく。
3つに共通するのは「ガードしない」こと
3つのタイプを並べてみると、共通点が見えてきます。どのタイプも、ガードをしていないんです。
無防備型は、世界や現実に対してガードしない。ストレート型は、人に対してガードしない。一直線型は、自分の熱意や動機に対してガードしない。ガードしない、は「疑わない」と言い換えてもいいと思います。
リスクを想定しない、という点も、実は3タイプすべてに当てはまります。違うのは、どのリスクを想定しないか。世界のリスクなのか、対人のリスクなのか、それとも信念が曲がるとか熱意が切れるとかいう、動機のリスクなのか。
ただ、無防備型と一直線型は、外から見ると似ていることがあるので、少し補足しておきます。
一直線型は、「これだ」というものを持っていて、それを持ったままズカズカ、ずんずん進んでいくタイプです。一方の無防備型は、何かを持っているわけではないんです。なぜか分からないけれど、世界に対して開いてしまっている。
一直線型が目的地に向かって走っているとしたら、無防備型は目的地がなくても、ふらっと外に出ていってしまう。そんなイメージでしょうか。
「ピュアだね」と言われたら、褒められているのか
ここで、冒頭の話に戻ります。「ピュアだね」と言われたとき、それは褒め言葉なのか。
僕の定義で考えると、この言葉の正体はわりとシンプルです。相手は、あなたが「反対を想定していない」瞬間を見た。そのときに口から出てくるのが「ピュアだね」なんだと思います。
なので、どう受け取ればいいかは、相手がどのピュアを見たかで変わってきます。
無防備型を見られたとき。ろくに準備もせずに知らない場所へ行く、周りが無謀だと思う夢を本気で語る。そういう場面での「ピュアだね」には、「危なっかしいな」という心配が混じっていることが多いです。半分は感心、半分はハラハラ、くらいでしょうか。
ストレート型を見られたとき。社交辞令を真に受けた、皮肉に気づかなかった、自分だけ会話の裏が分かっていなかった。この場面での「ピュアだね」は、正直、からかいが入っていることがあります。ただ、悪意というより「この人の前では裏を読まなくていいんだな」という、ちょっとした安心が混じっていることも多い気がします。
一直線型を見られたとき。損得抜きで何かに打ち込んでいる、見返りを考えずに人を助けている。ここでの「ピュアだね」は、かなり素直な感心だと思います。言っている側は、自分にはもうできないことを見ているんですよね。
もちろん、言う人の性格や関係性によっても意味は変わるので、これで全部が決まるわけではありません(言った本人もよく分かっていない可能性は高い)。
ただ、どのパターンでも共通しているのは、「ピュアだね」という言葉が、相手の側の想定と、あなたの想定のズレから出てくるということです。そのズレを、羨ましいと感じるのか、心配だと感じるのか、ちょっとおかしいと感じるのか。そこは、言われた側の問題というより、言った側の事情だったりもします。
僕は無防備型です(中国の奥地で野犬に追われた話)
ここで僕自身の話をさせてください。僕は、無防備型がかなり強いと思っています。
20代の中盤ぐらいの頃、一時期、海外をふらつくのが好きでした。中国、タイ、マレーシア。なぜかこのあたりによく行っていたんですけど、そのときの僕は「楽しいかな」と思って、荷物をほとんど持たずに出かけていたんです。携帯も財布も、まともに持っていかない(なぜ)。
その結果、危ない目にたくさん遭いました。帰れなくなりそうになったりもした。
一番怖かったのは、中国のちょっと変な奥地で、すっかり暗くなってしまったときです。周りには誰もいなくて、野犬だけがこっちに向かってくる。沼みたいなところを必死に走りました。
これが無防備型の「物理的に怪我をする」なんですよね。危ない場所を避けるどころか、わざわざ行ってしまう。
無防備さは、仕事にも出ています。YouTubeを始めた頃、僕はチャンネルに出てくれるコメンテーターを視聴者の方から募集していました。どこの誰かも分からない一般の方を、自分の活動の内側に入れる。今考えると、だいぶ無防備なことをしていたと思います。ちなみに募集には打算もちゃんとあったので、これは一直線型の話ではありません。
他にも、誰でも気軽に家に招いてしまうところがあります。
逆に、ストレート型は僕には全然ありません。相手の裏の意図も、わりと考えます。一直線型は少しあるかもしれないけれど、損得は結構計算します(ピュアの話をしている人とは思えない)。
同じ「ピュアな人」でも、全部が当てはまるわけではないんですね。どれか一つが極端に強くて、他はそうでもない。そういう人のほうが、むしろ多いんじゃないかと思います。
動画に出てくれたメンバーにも聞いてみた
収録には、コメンテーターとして3人のメンバーが参加してくれました。それぞれ、自分はどのピュアが強いと思うかを聞いてみたんですが、これが見事にバラバラでした。
ストレート型がずっと残っている人
1人目は、自分はストレート型が一番強い、と答えてくれました。人の裏の意図を考えないし、会話の中で自分だけ意味が分かっていない、ということもよくあるそうです。
面白かったのは、「無防備型も昔はあったけど、20代前半で閉じた」という話です。世界はすごく楽しいと思って、いろいろ行動を起こしてきた。でも「自分が思っていたようなものじゃないな」と感じることが重なって、無防備な部分は閉じていった。それでもストレート型だけは、ずっと残っているんだそうです。
ストレート型らしいエピソードも話してくれました。
大学生のとき、駅で友達みたいに話しかけてきた女の子がいて、「私の職場をちょっと見に来てほしい」と言われて、ついていったそうです。そこはパーソナルジムで、そのまま契約。バイトで貯めていた貯金をほとんど使ってしまったのに、もともと興味がなかったので、一度も通わなかった、と。
本人は「悔やんではない。バカだなあとは思うけど」と笑っていました。
もう一つは、部活の宅飲みに、先輩がその辺で知り合った女の子を連れてきたときの話です。本人はその子に一生懸命話しかけて、仲良くなろうとした。ところが周りからは、「ちょっと出会っただけの人に、新歓みたいに一生懸命にならなくていい」と言われたそうです。
そこで初めて、「人は、仲良くする度合いをランキングみたいにつけて付き合っているのか」と気づいた。一期一会の相手とも、一生ものの友情を築こうとしていたんですね。
一直線型と無防備型が混ざっている人
2人目は、自分は一直線型が7割、無防備型が3割だと答えてくれました。ストレート型は違う、とのこと。
打算に気づかない、というより打算を考えずに、まず目的に向かっていく。相手が良くなればいいと思って、見返りを考えずに人を助けることが多いそうです。リスクを考えるのも遅れがちで、メリットばかり見て、ハイリスクなことに進んでしまうこともある。
この人はずっと漫画を描いていて、若いうちから個人事業主のような働き方を選んできました。ある程度年齢を重ねて、いろいろな人と会うようになってから、「自分はすごく怖いことをしていたんだ」と気づいたそうです。
多くの人は、うまくいかなかったらどうしよう、生活はどうしよう、と考えて、どう転んでもいいように生きている。自分はそういうことを考えず、ただやっていただけだった、と。
本人はこれを無防備型だと感じていたんですが、僕は一直線型のほうが近いと思いました。「漫画を描く」という持っているものがあって、それに向かって進んでいるからです。
もし「漫画家ってめっちゃ楽しそう」「絶対成功する」「漫画仲間を集めて議論したら楽しいかな」という感じで、特に何も持たずに飛び込んでいたら、それは無防備型っぽいかな、と。
全部当てはまるようで、全部当てはまらない人
3人目は、「全部に当てはまるようで、全部当てはまらない」という答えでした。
一直線型やストレート型は、部分的に当てはまる。でも、結構リスクを想定していることもある。無防備型についても、本当に安心できる条件がそろえば、リスクを考えなくなることがある。場面によって出たり出なかったりする、という感覚だそうです。
ピュアは経験で薄まる。でも、薄まらないところがある
3人の話を聞いて、僕があらためて思ったのは、ピュアは「未経験」と関係が深いということです。
危ない目に遭ったことがないから、危険を想定しない。裏切られたことがないから、裏を想定しない。そう考えると、ピュアは経験を重ねるほど薄まっていくものなのかもしれません。20代前半で無防備型が閉じた、という話は、まさにそうですよね。
ただ、未経験と言っても、完全に経験していないわけではないんです。経験はしている。でも、その経験から、いい意味で学んでいない。もしくは、忘れてしまっている。
僕は中国の奥地で野犬に追われましたが、今でも人を気軽に家に招いてしまうし、よく知らない人を自分の活動の内側に入れてしまいます。危ないことは、知っているんです。知っているのに、ガードしない(学習能力はどこへ)。
たぶん、大人になってもピュアでいる人というのは、こういう状態なんだと思います。経験を通して薄まっていく部分は、確かにある。でも、どうしても薄まらない部分が、人それぞれに残っている。
じゃあ、その薄まらない部分は、直したほうがいいのか。
注意できるところは注意したほうがいい、とは思います。無防備型は怪我をするし、ストレート型は傷つくし、一直線型は周りとズレる。それは本当です。
ただ、収録の中で、メンバーの1人がこんなことを言っていました。
一生ものの友情がすぐに湧くような人がもっとたくさんいたら、人はもっとつながれるんじゃないか。つながることのリスクばかり考えて回避していると、そのうち、関わることのメリットまで忘れていってしまう、と。
ピュアゆえの失敗の話をあれだけ聞いたあとに出てきた言葉なので、けっこう響きました。
ガードしないから、怪我をする。でも、ガードしないからこそ、届くものもある。どっちを取るのがいいのかは、正直、僕にもまだ分かりません。
あなたはどのピュアが強いですか
最後に、3つのタイプをあらためて並べておきます。
無防備型は、世界に対してピュア。危険やリスクを想定しない。
ストレート型は、他者に対してピュア。裏の意図を想定しない。
一直線型は、自分の動機に対してピュア。打算や損得を想定しない。
あなたは、どれが強いでしょうか。昔はあったけど今は閉じた、というタイプもあるかもしれません。
ピュアゆえにやらかした話があれば、ぜひ動画のコメント欄で教えてください。野犬に追われた話より面白いエピソードがあったら、僕はかなり嬉しいです。
自分の性格を、ちゃんと見てもらいたい方へ
この記事では「ピュア」を3つに分けてみましたが、実際の人は、そんなにきれいに分かれません。同じ無防備型でも、そうなった経緯も、困りごとも、人によって全然違います。
僕は、ZOOMで一人ひとりの話を聞いて、その人の性格を一緒に整理する個別コンサルをやっています。「自分はどういう人間なのか」を、ネットの診断よりも一歩踏み込んで知りたい方は、のぞいてみてください。
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